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浦和地方裁判所 平成2年(ワ)170号 判決 1992年2月24日

原告 鈴木恵

同 高田誠一

同 若山隆二

同 吉田喜平次

同 伊藤武美

同 長谷部信正

同 猪瀬利助

同 猪瀬時子

同 株式会社長田

右代表者代表取締役 長田義弘

同 遠藤則男

同 小幡年長

同 熊谷貞夫

同 笠原靖弘

右一三名訴訟代理人弁護士 今井重男

同訴訟復代理人弁護士 湯川二朗

被告 八潮市

右代表者市長 藤波彰

右訴訟代理人弁護士 小倉正昭

右指定代理人 飯塚嘉平

同 深井章

同 宇田川秀夫

主文

一  被告は、原告鈴木恵に対し二〇万五四六〇円、同高田誠一に対し一一万二九三〇円、同若山隆二に対し一一万七三三〇円、同吉田喜平次に対し一〇万一〇四〇円、同伊藤武美に対し四万一九六〇円、同長谷部信正に対し五万〇二五〇円、同猪瀬利助に対し三万六五四〇円、同猪瀬時子に対し八万七五九〇円、同株式会社長田に対し三九二万四五三〇円、同遠藤則男に対し一万八四〇〇円及び右各金員に対する昭和六三年三月一七日から、原告小幡年長に対し五一万八六八〇円、同熊谷貞夫に対し一〇万一九九〇円及び右各金員に対する同年五月三一日から、原告笠原靖弘に対し一三万一六二〇円及びこれに対する同年一〇月四日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は埼玉県に包括される普通地方公共団体であり、原告らは別紙記載のとおりそれぞれ被告が存立基盤とする地域内に土地を所有し、これにつき固定資産税の納税義務を負っている者である。

2  固定資産税については、昭和四八年法律第二三号による地方税法の改正により住宅用地に対する固定資産税の軽減特例制度(以下「減税特例」という。)が新設され、施行された(同法第三四九条の三の二第一項)。これは、住宅用地のうちその上に存する家屋の床面積の一〇倍以下のものについては、その土地に対して課する固定資産税の課税標準は、同法第三四九条の規定によりその土地にかかる固定資産税の課題標準となるべき価格の二分の一の額とするというものであり、したがって、これにより税額も減額されることとなる。そして、右減税特例については、さらに、昭和四九年法律第一九号により同法第三四九条の三の二に第二項が追加され、住宅用地のうち二〇〇平方メートル以下のもの、若しくは二〇〇平方メートルを超えるもので、その上に二戸以上の家屋がある場合には、そのうち家屋一戸当り二〇〇平方メートルまでの部分については、右課税標準は、右課税標準となるべき価格の四分の一の額とするとされた。原告ら所有の別紙記載の当該各土地はいずれもこの減税特例が適用されるものであったが、被告の執行機関である市長は右各土地について減税特例を適用しないで固定資産税の賦課決定をし、原告らはそれぞれこれに従って納税した。その結果、原告らは、昭和四八年度から同五七年度までの間に、別紙記載の当該各「過払税額」のとおり減税特例が適用された場合よりも多い額の納税をしたわけである。

3  右のような事態が生じたのは、市長が、前記法条の解釈、適用を誤り、若しくは右各土地についての事実調査を怠ったためである。すなわち、被告においては、減税特例の施行に伴い、税条例を改正して住宅用地の所有者に対し一定事項の申告を義務付け(八潮市税条例第七四条の二)、申告しなかった者に対しては減税特例を適用しないとの措置がとられた。しかしながら、固定資産税については、元来、申告納税方式はとられておらず、賦課課税方式がとられているのであるから、減税特例に関し右のような運用を図ることは租税法規に違反するものであり、このことはその運用に当る市長としては容易に気付くはずのものである。また、この点について疑問が生ずれば、自治省や埼玉県に対してその見解を質し、予めこの点について誤りなきことを期することも容易なことである。次に、それぞれの土地が減税特例の適用対象となるかどうかは固定資産台帳上の土地と家屋に関する記載を照合するだけでも相当程度は把握できるはずであり、これでは足りない場合は、現地を一見するだけで十分である。しかしながら、被告においては、右のような記載の照合及び現地調査がされた形跡はない。したがって、被告の市長が原告らに対してした固定資産税の賦課決定は少なくとも別紙記載の「納付税額」と「特例適用額」との差額に相当する「過払税額」に関する部分については重大かつ明白な瑕疵があるから無効である。そうすると、原告らは、納税義務がないのに、右当該各「過払税額」に相当する納税をし、同額の損害を被ったわけであるから、被告は原告らに対しそれぞれこれを返還すべきである。また、被告の市長が右固定資産税の賦課決定をするについては、同市長に前記のような過失があり、そのために原告らが右当該各「過払税額」に相当する損害を被ったのであるから、被告は原告らに対しこれを賠償すべきである。

よって、原告らは、被告に対し、それぞれ別紙記載の当該各「過払税額」に相当する金員及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実はいずれも認める。ただし、別紙記載の各「過払税額」については何分古いものであるため記録が保存されておらず、実額を確認できないので、昭和四八年度から同五一年度までの分は課税推定金額として、同五二、五三年度分は納付推定金額として、同五四年度から同五七年度までの分は課税金額として、それぞれ認めるものである。

2  同3の主張のうち、被告の市長がした固定資産税の賦課決定に重大かつ明白な瑕疵があること、右固定資産税に賦課決定をしたことにつき市長に過失があることは争う。

被告の市長が原告らに対してした固定資産税の賦課決定は、課税の金額を誤っただけであって、この誤りは、例えば、課税の対象物件が原告らの所有ではないのに課税をしたというような、課税要件の根幹にかかわる事由に関するものではない。また、市長が減税特例の適用をもらしてしまったことについては、原告らが市税条例で義務付けられている申告をしなかったことに一因がある。そうだとすれば、右賦課決定に存する瑕疵は重大かつ明白なものとはいえない。

違法な租税の賦課処分に対しては、法律上、異議申立て又は審査請求、及びこれに続く取消訴訟の提起等の救済手段が認められており、違法な租税の賦課処分はこれらの救済手段によって是正されるのが建前である。これらの救済手段には租税法律関係の早期確定を図るため時期的及び手続的制限が設けられており、その制限のためにこれらの救済手段がとれなくなった後において、それと同一の目的を国家賠償訴訟によって達成しようとすることは許されない。これを認めれば、租税法上認められている右のような救済制度はその意義を半減してしまうばかりでなく、租税法律関係を早期に確定し、税務行政の安定を図るという制度の趣旨が没却されてしまう結果となるからである。これと対比するとき、原告らは、法律上認められている救済手続の利用を怠ったのであるから、それによる不利益は当然に甘受すべきである。

被告の市長が減税特例の適用をもらしたのは、原告らが市税条例で義務付けられている所定事項の申告をしなかったからにほかならない。ほかに市長には原告らに対し固定資産税の賦課決定をするについて違法又は不当の目的はなく、付与された権限をその趣旨に背いて行使したこともない。したがって、市長が右固定資産税の賦課決定をしたことには違法性はないものというべきである。

市税条例に基づく申告については、被告は、固定資産税の課税対象物件の所有者に対し申告書を交付して申告を促し、市の広報誌にもこれについての記事を掲載して、市民に対し申告の趣旨・目的を知らせている。また、物件の現地調査も十分に行っており、ぼう大な数の物件について短期間に固定資産税の賦課決定を迫られる状況下において、申告がなかった者に対する減税特例の適用もれがあったからといって、被告の市長に過失があったということはできない。

三  抗弁

1  仮に、原告らが被告に対しその主張の不当利得返還請求権を有するとしても、地方税法第一八条の三の規定により、その債権は固定資産税の納付の日から五年を経過した時点で時効により消滅する。したがって、右債権は昭和六三年二月二八日の時点では全部時効消滅しているので、被告はこれを援用する。

2  仮に、原告らが被告に対しその主張の損害賠償請求権を有するとしても、その債権は、地方公共団体に対する金銭の交付を目的とする権利であるから、地方自治法第二三六条により固定資産税の納付の日から五年を経過した時点で時効により消滅する。したがって、右債権は昭和六三年二月二八日の時点では全部時効消滅しているので、被告はこれを援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の主張は争う。

地方税法第一八条の三は、租税法律関係が有効に成立していることを前提として、これから生ずる徴収権、還付請求権等についてその消滅時効期間について規定したものである。原告ら主張の債権は被告の市長がした固定資産税の賦課決定が無効であること、すなわち有効な租税法律関係が成立していないことを前提として、納付した税額に相当する利得の返還を求めるものであるから、右法条の規定の対象とはならない。

2  同2の主張は争う。

国家賠償法に基づく損害賠償請求権の消滅時効については民法第七二四条が適用される(国家賠償法第四条)。地方自治法第二三六条はこのような債権まで予定した規定ではなく、民法七二四条の特則ではない。

民法第七二四条は不法行為による損害賠償請求権について「損害及ビ加害者ヲ知リタル時ヨリ三年間」権利を行使しないときは時効により消滅する旨規定しているが、原告らが、減税特例が適用されなかったため固定資産税を過大に納付してきたことを知ったのは昭和六三年二月一四日の新聞報道によってである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1、2の事実(ただし、別紙記載の各「過払税額」については、昭和四八年度から同五一年度までの分は課税推定金額として、同五二、五三年度分は納付推定金額として、同五四年度から同五七年度までの分は課税金額として)はいずれも当事者間に争いがない。

二  いずれも原本の存在・成立に争いのない<書証番号略>、証人近藤泰二の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  地方税法は減税特例制度の新設(昭和四八年法律第二三号)及び改正(昭和四九年法律第一九号)に伴い、これに合せて、同法第三八四条を改正して、「市町村長は、住宅用地の所有者に、当該市町村の条例の定めるところによって、当該年度に係る賦課期日現在における当該住宅用地について、その所在及び面積、その上に存する家屋の床面積及び用途、その上に存する住居の数その他固定資産税の賦課徴収に関し必要な事項を申告させることができる。」(第一項本文)とした。これを受けて被告は、「八潮市税条例」を改正して、その第七四条の二の規定により、住宅用地の所有者に対し申告を義務付けるとともに、申告の手続と申告事項について細部の定めをした。

2  そして、右条例の規定に基づき、被告市役所の事務当局では、申告書の用紙と説明書を用意し、昭和四八年九月一四日、住宅用地の所有者に対して郵送し、申告を促した。その発送件数は七一七五件に達したが、これによって実際に申告がされたのはおおよそ四〇〇〇件ほどであり、事務当局では、申告があったものについて、申告書の記載内容等を調査し、要件を具備している物件については減税特例を適用して課税標準及び税額が確定した。しかし、申告がなかったものについては、改めて申告を促すとか、現地調査をするとかの措置をとることはなく、そのため要件を具備している物件であっても減税特例が適用されないものが生ずる結果となった。

3  昭和四九年法律第一九号により減税特例の改正があった際にも、被告市役所の事務当局は、申告書を用意して、昭和四九年一〇月ころ市内のすべての家屋の所有者に対してこれを郵送し、申告を促した。そして、事務当局では、このときも、先の場合と同様、申告があったものについては減税特例を適用したが、申告がなかったものについてはそれ以上の措置はとられず、そのため要件を備えている物件であっても減税特例が適用されないものが生ずる結果となった。ただし、事務当局では、右のように、申告がなかったものについて個々には特別の措置はとらなかったが、昭和四九年一〇月以降、広報誌「やしお」に何回かにわたって申告を促し、若しくは市民の注意を喚起するための記事を掲載し、趣旨の普及に努めた。

4  こうして、一〇年以上を経過した昭和六一年一〇月二八日、二九日の両日、埼玉県による被告に対する行財政診断が実施され、その事務調査の過程で、減税特例を適用するのに必要な要件を具備しているのに、適用していない物件があることが発見され、被告は、埼玉県から「個別診断」報告書の中で、実情調査のうえ、適切な処理を行う必要があることを指摘された。そこで、課税対象物件について全面的に実情調査をした結果、右のように減税特例を適用するのに必要な要件を具備しているのに、適用していない物件が多数あることが判明し、被告は、これに基づいて、昭和五八年以降の分については、減税特例を適用すれば過納となる税額に相当する金員をそれぞれの納税者に支払ったが、それ以前の分については、地方税法第一七条の五(更正、決定等の期間制限)、第一八条の三(還付金の消滅時効)の各規定との関係で支払の法的根拠を見出しがたく、支払をしなかった。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

ところで、被告の市長が原告らに対してした固定資産税の賦課決定は、減税特例を適用するのに必要な要件を具備しているのに、これを適用しなかったという点で、地方税法第三四九条の三の二第一項又は第二項に違反し瑕疵のあるものではあるが、その瑕疵は、課税手続上、特別措置の適用を看過したというものであって、課税要件の根幹にかかわる事由に関するものではないから、重大なものとはいえず、右固定資産税の賦課決定を当然に無効と解することはできない。しかしながら、固定資産税の賦課決定は、市町村長の納税義務者に対する納税通知書の交付によってされるのであって(地方税法第三六四条)、納税義務者からの申告によるものではないのであり、同法第三八四条第一項本文が、市町村長は、住宅用地の所有者に対して、当該市長村の条例の定めるところに従い、土地の所在及び面積等、固定資産税の賦課に関し必要な事項を申告させることができるとしたのは、納税義務者に対して右申告義務を課することにより課税当局において減税特例の要件に該当する事実の把握を容易にしようとしただけのものであって、右申告がないからといって、減税特例を適用しないとすることが許されるものではないことは課税の当局者にとっては見易い道理である。それにもかかわらず、被告の市長が右申告をしなかった原告らを含む納税義務者に対して、ほかに調査のための何らの手段を講ずることもなく、減税特例を適用しないで固定資産税の賦課決定をしたのは甚だ軽率というほかなく、市長が右固定資産税の賦課決定をしたことには過失があり、これが租税法規に違反してされた点で違法性を有するものであることは多言を要しない。

被告は、違法な租税の賦課処分は、専ら行政不服審査上の異議申立て又は審査請求、及びこれに続く取消訴訟の提起等によって是正されるべきであると主張するが、これは専ら租税の賦課処分の効力を争うものであるのに対して、租税の賦課処分が違法であることを理由とする国家賠償請求は租税の賦課処分の効力を問うのとは別に、違法な租税の賦課処分によって被った損害の回復を図ろうとするものであって、両者はその制度の趣旨・目的を異にし、租税の賦課処分に関することだからといって、その要件を具備する限り国家賠償請求が許されないと解すべき理由はない。特に、本件においては、原告らは、昭和六三年二月一四日の新聞報道によってはじめて被告の市長が原告らに対してした固定資産税の賦課決定が違法であることを知ったものであることは弁論の全趣旨に照らして明らかであり、この時点においては、申立期間の経過等のため右前者の手段に訴える途は閉ざされていたわけであるから、なおさらのことである。

したがって、原告らは、被告の市長がした固定資産税の賦課決定により法定の納税義務の限度を超えた納税をし、その超過部分に相当する損害を被ったわけであるから、被告は原告らに対しこれを賠償すべきである(なお、右損害が発生したことについては、前述したとおり、原告らにも所定の申告をしなかった点で一半の責任があることは否定できないが、固定資産税については賦課課税方式がとられていることや右申告が課税当局の便宜のために設けられた手続であることなど、諸般の事情に照らすと、原告らの右申告義務の懈怠を損害額を算定するうえで斟酌するのは相当でない。)。

三  被告は、原告らの右損害賠償請求権は地方自治法第二三六条により時効消滅したと主張するが、国家賠償法第四条には、国又は公共団体の損害賠償の責任については、民法の規定による旨の定めがあり、右損害賠償請求権については地方自治法第二三六条の規定は適用されないから、被告の主張は失当である。

したがって、被告は原告らに対し、それぞれ別紙記載の当該各「過払税額」に相当する金員及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな原告小幡年長、熊谷貞夫については昭和六三年五月三一日、同笠原靖弘については同年一〇月四日、そのほかの原告については同年三月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

四  よって、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 小林敬子 裁判官 佐久間健吉)

別紙<抄>

原告 鈴木恵

八潮市小作田一六-二 宅地二八三平方メートル

( 〃 一六-三 〃 三平方メートル

納付税額  特例適用額    過払税額

昭和       円      円       円

48年度

49〃  9,560  5,740   3,820

50〃 19,120  7,010  12,110

51〃 24,860  8,470  16,390

52〃 31,800  9,980  21,820

53〃 37,330 11,100  26,230

54〃 41,070 12,200  28,870

55〃 41,490 12,330  29,160

56〃    〃      〃       〃

57〃 53,940 16,040  37,900

計  300,660 95,200 205,460

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